娘も英会話の勉強をしています。先生は全く日本語の分からないアメリカ人で、個人レッスンです。
勉強を始めてまもない頃、娘の外出中に電話があり、お互い何も通じないという何とも情けない事がありました。私も英会話の勉強を始めたぱかりの頃でした。結局、その電話は次のレッスンはお休みという事でした。
そんな事があってからは、娘に留守用のメッセージを書いてもらいました。
She is not in right now. I will tell her that you called.
それから何度かこのメッセージは役に立ちました。しかしです。先日、娘がレッスンに出掛けた後、先生から電話です。
Hi, Chihoko(娘の名前)
えーと、Chihokoはgo to....
My house ?
Yes, your house.
I see.
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2006年04月24日
電話の英語はむずかしい
2006年05月04日
中高年ですが、英語が好きです
子供4人を育てるのに夢中でした。
しかし、アメリカが好きで、英語が好きです。子供の頃に良く洋画を見に行き、スターがべらべら話す英語を、どうしたら私もうまく話せるようになるかと思いました。
余生を楽しむ為に、ボケ防止にと、英会話の勉強を始めました。死ぬまで英語と付き合っていきたいです。ちょっとした会話が出来るまで、頑張りたいと願ってやみません。自然になんとなく話せるようになりたいものです。
2006年05月08日
He's or She's ?
私は東京で生まれ、ここで育ちました。昔から「ひ」と「し」を区別しての発音がへたでした。気をつけるとなお、どっちだかますますわからなくなる傾向があります。
He'sとShe's..... これがむずかしい。自分ではちゃんと発音しているつもりなのに、並んで会話するとき、みなさんにいつも指摘されます。鏡を見て練習してみました。口の形ではないみたい。気をつけていますがあまりうまくいきません。
英語も日本語もむずかしい!
2006年07月10日
道は遠いが、勉強は楽しい
シニア(中高年)になってから英会話の勉強を始めたものの、覚えるより忘れることの多いこの年齢で、本当に大変なことと日を追って感じております。
辞書を引くより聞いた方が早いとの安易な考えで、娘に聞けば、二つ三つは教えてくれてもその後は、「お母さん、そんな事では英会話なんて無理、無理、辞書を引きなさい。」と言われ、次の娘も文法は教えてくれても、調子にのって聞くと、「それは辞書を引きなさい。」と同じ事を言われてしまいました。私が甘かった。
自分なりにうまいと思って発音すれば「それ何て言ったの」と大笑いされてしまいました。
道は遠しですが、勉強することはとても楽しいことです。シニア(中高年)とはいえ、少しづつでも英語が身についていけばと思い、頑張っていくつもりです。
2006年07月17日
とっさの一言
お祭りの人出で混雑している店内で、アジア系外国人らしい三人の親子連れ(母親、娘、息子)が、品物を見ていました。
声を掛けようと近づくと、ツーピースを手に母親がSize ?と聞いたので、私はThis is large sizeと答えました。
しばらく考えていた母親が、又、Discount ? と聞きました。気に入った様子なので、値引きをしてあげました。
品物を渡しながら傍にいた娘らしい女性がとても可愛いらしかったので、You are very pretty. How old are you ?と聞きました。Seventeenと彼女が答えました。
すると母親が すかさずMy daughterと言い、傍の男の子をさしてMy son. Ten years old と答えてくれました。
母親が若く見えたので、私はYou look young! Where are you from? と聞くと、Philippinesと母親が答えました。フィリピン人だったのです。
そしてバッグからカメラを取り出し、一緒に記念写真を撮りThank youと店を出て行きました。Thank you very muchと私も言いました。
しばらくすると、その親子連れが戻って来て、母親がEat, eatと言うのです。私は食事と思い、「寿司?天ぷら?」と聞くとMeatと母親がもう一度言いました。
丁度、近くにフランス人が マネジャー のレストランが開店したばかりだったので From hereから始まり、何とか道案内が出来たつもりです。
その後、親子連れは戻って来ませんでしたが、後で考えると、彼女達がどの位理解出来たか不安です。そして、私は英語を勉強していても、とっさに表現出来ない難しさを改めて痛感しました。
2006年07月25日
2006年07月28日
英語が話せたら人生はもっと面白いかも
生を得ている以上、人間は皆、何かしようと考え、実行しているものです。
その道は色々ありますが、若くても老いても頭脳はまったく同じだと信じています。年の差こそあれ、60歳を過ぎた私たちも皆同じだと信じております。その中の一人である私も、起床と同時に頭の中では何かしようと考えております。
近頃は、シニア(中高年)になっても、英語を話すことができたら人生はもっと面白くなるのではないかと思うようになったのです。浅学の私にとっては及ぶところではないかもしれませんが、時折、街や電車の中で外国の方々と口ずさむこともあります。しかし、思うようにはいかないものです。もっと話せるようになったらなあという気持ちで今はいっぱいです。
2006年07月30日
中高年だって英会話をものにしたい
中学以来、定年まで、ある程度英語と関わりを持ってきました。しかし勉強といえるものではなく、いまだにものになっていません。
これまでに何度か外国人に道などを聞かれる事がありましたが、満足な対応ができませんでした。
また以前外国に行って道に迷ったとき、外国人に英語で尋ねましたが、通じませんでした。何人目かに出会った英国人旅行者が何とか分かってくれて助かりました。
そのようなことで、そのうちに英会話を勉強しようと思っていましたが、何もせず今日になってしまいました。
2006年08月02日
中高年にとって英語は難しい
娘がアメリカに住んでいるので、アメリカに行った際に少しでも娘家族と話が出来れば良いと思い、英語を勉強しています。
今の世の中、何処を歩いても横文字が多く、電車に乗っても英語の放送が聞こえてきます。広告を見ても英語、テレビ番組も最近英語の勉強番組が増えています。そんな中で、英語は私には関係ないなんて言っていられません。
又勉強する事によって脳の活性化にもつながると思います。
でも英語は本当に難しいと実感させられます。
以前、娘が一生懸命英語の勉強をしていました。それを見て、なんでそんなに英語ばかりと思い、半ばあきれていた時もありました。今思えば、その時に自分もほんの少しでも一緒に勉強していたならと悔やんでいる始末です。
シニア(中高年)でも、あきらめずに、これからもこつこつと英語を勉強していきたいと思います。
2006年08月06日
中高年になって何故英会話を始めたのか
60歳を過ぎた今になって、何故英会話を始めたのか、私にとって深い意味はありません。
日常生活では外国人と接する事は殆どありませんが、テレビ、新聞などで英語は沢山出てくるので、理解できるといいなと思ってはいました。
新しい事は覚えてもすぐに忘れますが、続けていけばシニア(中高年)でも英会話は少しずつでも身につくと思っています。無理せずに、他の趣味も楽しみながら、のんびりやっていきたいと思います。
映画が好きなので、字幕に書ききれない部分が、ほんの少しでもわかってくるようになったらと願っています。
2006年08月17日
中高年の英語学習は心を豊かにする
言語は文化である。そして又、言語は道具でもある。
頭が働き、体が動く限り、道具という言語を駆使し、少しでも世界を、視野を、友達の輪を広げ、心豊かな楽しい生活が送れたらこの上ないことと思う。
シニア(中高年)になっても、英語という言語を勉強し続けることを自分自身に「今さら」ではなく「なおさら」と念押ししている。
目標に向って情熱を燃やし、努力している時、人は幸せになる。
2006年08月20日
2006年08月23日
心から有難うと英語で伝えたかった
もしも、8年前のあのときに臆せず英語を話せたらと思います。
サンフランシスコに行き、日本語のできるスタッフのいないホテルに泊まりました。
次の日はアメリカの感謝祭で、従業員は休みでした。
朝、英語で何度も電話がありました。そのときは緊張のあまり、単語さえも聞き取れませんでした。
後から分かったのですが、「今日はルームサービスができないので、ロビーに朝食の用意がしてありますから、自由に召し上がってください。」との電話でした。電話の英語が聞き取れれば、心から有難うと英語で伝えたかったです。
いつか外国へまた行くことがあったら、流暢に英語を話せないまでも、臆することなく、対応できれば幸いです。
シニア(中高年)として、年を重ねた分、遅れる頭が対処できることを望んで、英会話の勉強を始めた今日この頃です。
2006年08月24日
マリリン・モンローと英語で話したい
映画好きの私が胸をときめかすスターはマリリン・モンローである。
私と上手に英語が話せるようになったら、こちらにいらっしゃいと言っている気がする。
100歳になっても英語を上手に話せなかったら、私は死ねない。大変だ。上手になるしかない。英会話を勉強するしかない。
いつまでも死ねなくて、英会話を勉強する日本の長寿者として、ギネスブックに載るかもしれない。
2006年08月25日
英語をマスターして、異国に行きたい
私の学生時代の憂鬱のひとつは英語の授業とテストでした。
それに反し憧れは英語を上手に話し、テレビに写し出される異国にいつか行ってみたいと言う事でした。世界には沢山の言葉がありますが、英語をマスターする事によって多くの異文化と素晴らしい自然と人との関わりを持つ事が出来ると思っています。シニア(中高年)になってもいつまでも夢を持ち続けたいと思います。
2006年08月26日
嫌いな英語に挑戦します
英語は大嫌いですが、海外旅行は大好きです。これからの海外旅行のためにも英会話を勉強したほうが良いと思って始めました。
ワイドショー生活に区切りをつけて、何十年と怠けていた頭を少し働かさなければと一年発起しました。なにせ、何十年と寝ていた頭ですから回転が鈍く、ボーとしているなーと自分でも感じるくらいですから困ったものです。
シニア(中高年)になって、何もやらないよりは何かやったほうが良いと思って、嫌いなものに挑戦します。
2006年08月29日
英語を聞き、話すことは難しい
シニア(中高年)のせいか、英語の聞き取りはさっぱりです。初めよりかなりわかるようになりましたが、もう一ヶ月たちます。今年中には上達してくれればいいのですが、弱ります。
しかし、毎日語彙は増えていくので、それだけが安心です。
しゃべるほうもなかなか口から出てきません。発音なんか気にしている余裕など全くなく、身ぶり、手ぶり、足ぶりと可能なものを総動員して、コミュニケーションをとっています。
英語を聞き、話すって難しいですね。
2006年09月05日
英会話を学んでいる中高年は素敵な人ばかり
現在は子供たちも独立し、わたしもどうやら自分の時間が持てるシニア(中高年)になりました。
3人いる孫も、一番上の6歳の孫などは、日常会話のなかでもごく自然に英語が顔を出すようです。
これからは、私も取り残されないように、楽しみながら、もっと英会話に取り組んでゆきたいと思っています。
幸い今、英会話を一緒に学んでいるシニア(中高年)の仲間は、とても素敵な人ばかりで、いつも笑いが絶えません。このお友達を一生の宝と思って付き合っていこうと思います。
2006年09月08日
外国のどこでも通じる英語が必要
子育て、仕事、介護を終えて、時間的な余裕ができたシニア(中高年)になった今、何か自分にごほうびと思い、英会話の勉強を始めました。
ストレスだらけだった私も、ハワイに行ったら血圧が下がり、顔も優しくなりました。
8年位前からは娘とヨーロッパに行っています。どこでも通じる英語が必要なんです。
頭がかたく、心もかたく、顔の表情もかたくなりつつあるシニア(中高年)でも、英語の勉強ができる気がします。
今まではどこへ行ってもレストランで食事をするときは、娘に小声で頼んでいましたが、英語ができたら指差しではなく、自分の言葉で食事の注文をしたいです。
2006年09月10日
今こそ英会話が勉強できる
10代の頃見たアメリカ映画では字幕を追ってばかりで、肝心の美しい映像を見損なってしまいました。いつか発音だけで分かったらどんなに楽しいかしらと思っていました。
結婚直後、主人の勤めていた会社が倒産し、共働きで夢中で家族のために日を重ねました。そして、ふと気がついたら子供も独立し、主人もリタイアーしました。
今こそ、かっての夢を少しでも実現したいと願っていましたら、中学時代の友人から60歳からのやさしい英会話教室のお話を伺い、喜んで飛びついてしまいました。
でも家ではちっとも復習できませんので駄目な生徒ですが、シニア(中高年)の仲間の皆さんとご一緒にいると楽しく勉強できます。
2006年09月11日
頭の体操で英語に挑戦
英会話を習いにいこうかなと言ったら、「今は、海外旅行先は日本語でほとんど通じるので、今更習わなくても大丈夫だよ」と子供たちに言われました。
先日テレビのニュースでも英語と日本語を同時通訳する電子辞書のようなものまで現れ驚きました。
この先、先端技術についていけそうにないシニア(中高年)でも、せめて頭の体操にと思い、学生時代苦手でした英語に挑戦することにしました。
2006年09月14日
英会話学習で前向きな老後を
子供たちがそれぞれ独立し、義父を見送り、私自身も職場を退職しました。やっと自由な時間を持てるようになりました。
娘夫婦が英国に4年半赴任しておりました事もあり、少しでも英会話ができたら海外旅行もさらに楽しくなるであろうと思い、60歳からの英会話教室に昨年入れていただきました。
レストランでの会話の繰り返しの練習など、今後役立てていきたいと思っています。
また、中学高校時代は、英語は好きな科目であったにもかかわらず、すっかり忘れてしまいました。英文法など先生の講義を聴いて学んでいきたいと思っています。
そして、同じ目的を持って集まったシニア(中高年)の仲間の皆さんとの交流が楽しく、末永いお付き合いを続けて、健康で前向きな老後を過ごせるように心がけていきたいと思います。
2006年09月16日
楽しみながら努力するのが生涯教育
この英会話教室に参加して、先輩の方々の大変前向きな力強いパワーを感じて、継続は力なりという言葉を実感しています。
しかも継続だけでなく、楽しみながら努力もされているところに、生涯教育の本当の意味を考えさせられます。
私も脳の活性化と視野の広がりを期待して、意欲的にそして楽しみながら英会話の勉強を持続させていきたいと思います。
そして、ほかのシニア(中高年)の方々と接触して視野を広げられたら素晴らしいことだと思います。
2006年09月18日
英会話学習は試行錯誤の毎日です
当初、先輩たちのやっていることがものすごく難しいものに思えました。やっていけるかなあと少し心細くなりました。
あれから何年?人には恥ずかしく言えないような亀のような歩みで、なかなか思うように英会話なんてできません。
今勉強していることが数ページ前で勉強しているはずなのに覚えていないし、テープの英語も聞き取れないところがあったりすると、シニア(中高年)だからもう限界かなあと思ったりします。
でも単語も結構覚えたし、身についた事もあるし、ここでやめてしまうのもくやしいしと、試行錯誤の毎日です。
若い新鮮な頭脳の人がこんな勉強の仕方ならやめてしまったほうがいいと思いますが、私のようにシニア(中高年)になって脳の働きが悪くなっていても、やればできるんだ、何とかものにしてみせると、自分に言い聞かせてやっております。
2006年09月20日
英会話は楽しみながら身につける
海外旅行に行くたびに英会話ができればいいなあと思う反面、シニア(中高年)になってからでは遅いと思う気持ちを持ちながら、60の手習いで英会話学習を始めました。それにボケ防止になり、一石二鳥ではないかと思えたのです。
しかし、「覚えたのにすぐに忘れる」の繰り返しには辟易していますが、素敵なシニア(中高年)の仲間たちに支えられ、楽しく勉強しています。
以前はさまざまな国の人々と少しでも会話ができればいいくらいに考えていましたが、最近では異文化の人たちと交流の幅を広げることで、その国の文化のことだけでなく、日本の文化や風習についても説明できれば良いと考えるようになりました。その結果、異文化だけでなく、自国の文化についても理解が深まるようになるのではないかと思っています。
どうも夢だけがエスカレートしていく感じです。でも夢は見るものではなく、叶えるもの。英語音痴から英語得意に変える為に、趣味の一つとして、「楽しみながら身につける」をモットーに日々努力していきたいと考えています。
2006年09月22日
英語は苦手だが勉強を始めることにした
私には以前から英語が苦手というコンプレックスがあった。
学校で何年間も英語を勉強してきたのに全然話せない。最近は街で外国人に道を聞かれたりすることもあるが、何を言っているのか理解できないので、親切にしてあげられないもどかしさもあり、つい避けてしまう。
たまに娘に外国人の友達から電話がかかってきても、取り次ぐ事ができず、まして娘が不在の時にはおろおろし、どう答えていいのか分からない。
英語が苦手な私には、今更シニア(中高年)にとって英語の勉強は無理な話と、このようなことには目をつむり、「まあいいや」で何年も過ごしてきた。しかし、友達から誘われたので、英会話の勉強を始めることにした。
2006年09月24日
英会話の勉強を続けていきたい
数十年前、学生だった頃、英語は苦手意識が強く、真面目に勉強した記憶がありません。
その後、生活の中で英語ができなければ困るような機会はほとんどなく、習得する必要もなかったわけです。
今回シニア(中高年)になってから英会話の勉強を始めて、当初アルファベットを書くことすらも怪しかったのですが、なんとか単語も調べられるようになりました。
英語で会話をするなど、まだまだとんでもないことですが、せっかく勉強を始めたのですから、続けていきたいと思います。
2006年09月26日
英語の学習を終生続けていきたい
戦後間もない荒削りな教育制度の中で学校教育をうけた私達世代は、優秀な教師に巡り会うことはまれであった。
価値観が急激に変貌し、人材不足の社会情勢にあって時代に即し切れなかったのが正に英語教育ではなかったかと思う。
私自身英語は好きであったが実力として身につくことはなかった。それでも英語は新鮮で魅力があった。
しかし、その後の実生活の中で英語とは無縁に過ぎてきた年月は長く、いつかもう一度学びたいという思いは常に持ちながらなかなか行動にうつれないでいた。
時は流れ、カタカナ語が氾濫し、美しい日本語を大切にしなければという思いと同時に、生活の中に英語を取り入れることが出来たら、どんなに楽しくまた新しい視野がひらかれるのではないかという思い入れは、日に日に高まった。
自分をとりまくさまざまな状況も落ち着き、今ならまだ新しいものに取組めるという年齢、それが相まって改めて英語を始める切掛けとなった。
学ぶことはシニア(中高年)の充実した生活につながり、気負わずに自分なりの息づかいの中で、終生続けていきたいと思っている。
2006年09月28日
中高年の英会話は私にぴったり
私たち日本人にとって英語とは余程の人でない限り必要ではありませんでした。日本の国の中で生活していくのに必要でないからです。
しかし、中学生の時に習った英語、母国語でない言葉は、魅力的でした。外国に憧れを持ちました。でも学校で習う以外何もありませんでした。しかし、いつか外国の人と話ができたらなんていう憧れはありました。こんな気持ちを胸に秘めたまま、いつかいつかとずっと思いを持ち続けました。
三人の子供たちが大きくなって、ホームステイや旅行に行きたいと言い出したら是非送り出してやりたい。私の夢を受け継いでくれないかと、成長を楽しみにしていました。しかし、誰もそんなことを口にしませんでした。勧めてもいやだという子ばかりでした。
私も気持ちを持ち続けながら積極的ではありませんでした。一生懸命な人はラジオやテレビなどで英語を勉強していらっしゃいました。私は理由を見つけて逃げていました。やらないうちから、勉強してもどうやって生かすのか、近くに外国の人はいないし、まだ外国旅行は無理だから、まだ駄目ということばかりでした。
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2006年10月02日
孫に負けじと英会話を勉強する
過去に外国旅行をしたときに、英語で商品の説明があったが、何の説明をしているのか全く分からずじまいだった。世界の共通語ともなった英語の必要性を強く感じた。
日本においても小学生の英語の学習が始まった。孫も塾に通っている。習っていることは、私が今習っていることと同じようなもので、孫に負けじと思い立った。
シニア(中高年)になると、必然的に記憶力が減退し、いわゆるボケの兆候が現れる。この対策として、生涯学習の意味でも、自分にとってもプラスになる英会話を選択した。
2006年10月04日
英会話の講習を受けている理由
数10年ぶりで英会話に接しました。
私が英会話の講習を受けています理由の一つは、シニア(中高年)なので、記憶力の減退を少しでも予防したいことにあります。簡単なフレーズやイディオムを努力して覚えこんだつもりでいても、必要なときに思い出せず残念に思うことが良くあります。
次は海外旅行で自由行動の折に、ショッピングや乗り物、ホテルのフロントでの応対などで、もう少し話せたらどれほど便利かと実感したことが数多くありました。
長男は年間数10回海外出張します。そんな長男や次男と食事などしながら海外出張の苦労話など聞く折、仮名文字の言葉が多くなり、仮名文字とか海外の事情にもう少し強くなりたいと思うしだいです。
チーターの歌の文句の一節にある「千里の道も一歩から」で牛の歩みのようにスローステップで、もう少し頑張りたいと思っています。
2006年10月05日
生涯教育の一環として英語を勉強する
シニア(中高年)となれば記憶力も落ち、若い人には到底追いつけません。
ましてや、英語を生業とする訳でもなく、更には、語学教師、翻訳者、通訳、新聞雑誌の外信部、商社員などに携わる事は不可能であります。
それゆえ、専ら生涯教育の一環として英語を勉強することになってくるわけであります。
2006年10月07日
英語の暗唱コンテスト
中学から英語を始める時はとてもうれしかったことを覚えています。
でも現実はThis is a penの時代で英語の先生も海外で英語を使った事のないような人でがっかりしました。
ただ、「好きは物の初めなり」なのでしようか、中学3年の時に英語の暗唱コンテストにクラスから選ばれ、物語を全て覚えてコンテストで発表しました。
その時初めて外国人の前で英語をしゃべりました。
2006年10月14日
慌てて英会話を習い始めました
学校を卒業して英語と離れていましたが、結婚して新婚旅行でグアムへ行き、主人と2人海外旅行好きになりました。
初めはツアーで、食事もミールクーポンで、と言葉の心配もなく不便はそんなに感じませんでした。ただ、ラーメン屋でトラベラーズチェックが使えるかどうかで困りましたけど、ボディーランゲージでどうにか切り抜けました。
いろいろな国に行くようになり、自分でプランを立ててホテルもタクシーもとなるとそうもいかず、慌てて英会話を習い始めました。
主人はストレートに単語で言いたい事を言うだけで会話にはなっておらず、よくわからないままの事が多々ありますが、私は出来るだけ相手とのやりとりを会話して楽しみたいのです。相手の言っていることがわからないこともありますが、わかって自分がちゃんとそれに答えていたりすると「やった!」と思います。
もっと、もっと勉強して自分の言いたい事がスーッと英語で出てくるといいと思います。
2006年10月17日
自由の女神と心中しよう
ニューヨークの自由の女神像はやさしく愛をこめてシニア(中高年)の私に希望の光を与えてくれた。
ABCから教わって2年が過ぎた。何故こんな難しいことに首を突っ込んだのだろうと戸惑う。
女に弱い性分を自由の女神に見通され、異文化に興味を抱き始めたのを見初められたのが運命の分かれ目。今や英語の奴隷となってしまった。開けても暮れても頭から英語が離れなくなった。
仕様がない。やれるところまでやろう。人として、生涯を通して成長することが大事だ。自由の女神と心中しようと腹をきめた。
2006年10月19日
2006年10月21日
2006年10月23日
2006年10月25日
電子辞書を片手に映画を見よう
映画が好きなので、週刊20世紀シネマ館ももう10巻50冊まである。なつかしい名画の紹介にわくわくするばかりだ。
「ローマの休日」のウィリアム・ワイラー監督はテストのあともカメラを回すように命じて、素顔のオードリー・ヘップバーンを盗み撮りした。それを見たワイラー監督は開口一番「なんて可愛らしい」と言った。この瞬間主演女優はオードリーに決まった。
サンフランシスコ東方にジョン・ウェインの「駅馬車」の舞台になったモニュメントヴァレーがある。そこには5000年前にできた巨岩がそびえ立っている。スピード感あふれるアパッチとの戦いを、息をのんで見たのを思い出す。
これからは、映画は電子辞書片手に見ると心強いかもしれない。
2006年10月27日
テレビの英語番組を録画する
毎日、朝早くからテレビで英語の番組を見て録画する。
子供向けの「英語で遊ぼう」は楽しい。「100語でスタート」も6ヶ月間よくまめに録りまくった。月曜の夜11時は「英語でしゃべらナイト」だ。
もうシニア(中高年)だからビジネス関係の英会話番組は録画しないが、それ以外の英語の番組を録画したビデオテープがもう60巻もたまった。
NHKさん有難う。英語の番組だけで受信料のもとは充分取っていると思う。
2006年10月29日
英文は単語を調べて並べるだけ?
子供がキャッキャッと単語で遊ぶように、英文は主語を先に置き、動詞を次に置き、目的語を最後に置けばよいそうだ。動詞と目的語の関係は日本語と逆だと考えればよいのかな?
日本語で文章を作って単語を調べだして並べるだけか?
「サンキュー」を「ヨンキュー」と言わなければあとは何とかなるだろう。
最近はなんか自覚するほど老化したなあと感じる。シニア(中高年)だから脳細胞が減るのが早く、覚える単語より忘れる回数が多くなった。楽しみながら単語の数を増やしていきたい。
2006年10月31日
楽しみながらの英語学習法
昔、英国に留学して英語を学んだが少しも進歩しない。いやになった頃「デカメロン」に出会った。興味しんしんで夢中で読んだら英語が格段に進歩した。
これはある外交官の若き日の述懐だ。なるほど、楽しみながらの勉強法もあるものだなあと思った。
2006年11月01日
2006年11月13日
2年間の英会話学習の成果
可愛いい孫たちのいる娘の家に行った。早速のビールがおいしかった。娘がシチューを作ってくれたが、ちょっと焦げ付かせたと言う。孫たちがおいしくないと揃って不満を言う。どれどれと私が一口食べたけど、なるほどおいしくない。
思わず私の口から英語が出た。「I think so.」 シニア(中高年)になって、ABCから始めた2年間の英会話学習の成果が出た。
ところが中学3年生の孫が「違うよ。I think so too.だよ」と言った。「Really?」と私が言った。またまた2年間の英会話学習の成果が出た。
「えっ、あの挨拶のときのNice to meet you too.のtooをつけるの?」「そうだよ。tooは”も”だからつけるんだよ。」「そうかなあ?まあいいや。」孫は3年間で、私は2年間の英語学習だからとひとまず引き下がった。
でもこれから先が楽しみだなあ。本格的に英会話ができるようになるぞ。
2006年11月14日
2006年11月16日
2006年11月27日
英語の発音はむずかしい
アメリカに行ったばかりの頃、英語をしゃべれない、聞き取れないという事は、「おまえは人間じゃない。」と言われているみたいで悲しかった。買物に行って、おなかに力を入れてニットウェアと言っても、knit wear?と聞き返えされる。
「英語は子音を強く発音しなくてはいけない。顔の前にティシュペーパーをぶら下げ、それが動くような発音でなければならない」と日本にいるとき先生に言われたが、なかなか難しいものだ。
現在シアトルに暮らして10年になる。
この間、幼稚園の個人面談があって、そろそろ英語で話し出した娘のために「何か私に出来ることはないですか」と先生に聞いたら、「あなたの発音は日本語的なので何も手伝わなくて結構です」と言われた。10 年苦労しても日本語的発音は抜けないらしい。
しかし、本でも買ってやるとか、そんなことで手伝える事はないかと思ったのに「手伝わないで下さい。」とは失礼だ。
2006年11月28日
米国生まれの母の思い出
私の母の父が明治の中頃に広島から移民としてアメリカのシアトルに行った。そして母がそこで生まれ、高校まで就学した。
昭和になって母は旅行で来日し、父と結婚した。
太平洋戦争の勃発、父の戦死、終戦とその後色々あったが、母は帰米することができなかった。
一時期、通訳になったらという話もあったが、日本のことを知らずにできることではないと母は断っていた。
母はアパートの子供たちに自分で探してきた本で英語を発音から教えた。子供たちはみるみる上達した。教会の牧師や学校の先生たちに驚きの言葉をもらったと、母親たちがお礼にきたほどである。
そこで私は母に英語を教えてくれるように頼んだ。私はその日から毎日ずっと手鏡を前に発音の練習を母のOKが出るまでさせられた。英会話も教えてと頼んだが、発音が完璧にできてからと言われ、月日が経過した。
そして発音のOKが出ないまま母は急死してしまった。同時多発テロの1週間前に母の納骨のために渡米したが、英語が話せず非常に情けない思いをした。
2006年12月10日
シアトルに国際電話した
先日、シアトルに住む次女の娘達にクリスマスプレゼントとして洋服を送ろうと思い、大きくなった孫達のサイズを聞こうと電話した。
あれ、何だろう?女性オペレーターが英語でしゃべっている。…206 has been change 2425… と聞こえた。シアトルの局番が変わったらしい。4 桁になったのか?
ともかく0041 - 1 - 2425 - 5555とダイヤルしてみる。「おかけになった電話はおつなぎ出来ません。番号を調べておかけ直し下さい。」と日本人のオペレーターの声がした。
もう一度短縮ボ夕ンを押して英語の案内を聞いてみる。初めのツウーは、2ではなくtoらしい。425にして、かけてみる。This is Yamada. I’m sorry. 娘の留守電のメッセージ。やれやれ、つながったらしい。
電話がかからなくてもパニックにならないでよく聞こうとしたのは、シニア(中高年)になってから英会話を勉強しているお蔭かもしれない。
2006年12月12日
英会話バス旅行
10 月10 日秋晴れの爽やかな日、外国人の先生と一緒にバス旅行へ行きました。初めてのことなので胸をふくらまして出発進行です。先生と共に総勢18 人の旅が始まりました。
車中ではキャサリン先生とすらすら会話が出来ている方達をよそに、私はドキドキしながらも辞書を引き、少しでも理解出来るように努力しました。
車窓から見える稲穂、そして沢山のすすき、所々に咲く花、あれは何の花等と話が盛り上がりました。その話の中にキャサリン先生も時折英語で仲間入りしました。
私は「間近に外人がいる!」 と何か得をした気分でした。こんなに近く、こんなにいっぱい英語での会話が聞けたのは、何10年ぶりかしら?
道中はとてもカーブがはげしく私達はグロッキーする寸前にホテルに到着しました。“美味しい空気と広々した苑内”で直ぐ気分は直りました。
2006年12月14日
2007年01月01日
昔の英語では通じません
中学高校で英語を勉強しましたが、卒業後50年のシニア(中高年)になり、海外旅行に行ったときに昔の英語では通じませんでした。入国するときから、英語による入国審査、税関での会話などいつも不安な気持ちで過ごしてきました。
アメリカに行く前に3ヶ月間くらい英会話を勉強していたら良かったと思いました。
帰国後60歳以上のシニアのための英会話サークルがあることを知り、英会話を習うチャンスであると思い、お世話になることにしました。
50年間のブランクは大変なもので、自分自身がこれほどまでに鈍いのかと、毎回の授業で思います。いまだにLとRの発音の違いが分かりませんが、毎回の授業が苦しいものでもあり、楽しみでもあります。
2007年01月02日
定年後英会話サークルに参加した
私は数年前に定年になりました。シニア(中高年)となって、体に時間と余裕ができましたので、何をするか探しておりました。そして、60歳以上の方が対象の英会話サークルを知りましたので、参加させていただきました。
先生が大変やさしく分かりやすく教えてくださるので、英語に興味がわいてきました。
今は少しでも英会話ができるようになって、海外旅行に行ける日を楽しみにしています。
2007年01月03日
授業に出席することに意義がある
海外旅行などの目的を持って英語を勉強している方のほうが多いと思いますが、私には頭の体操のためといったところです。
シニア(中高年)になって、考えることから遠ざかっていたので、簡単な単語も思い出せません。習ったときは理解したつもりでも、再度テキストを広げるとアレーとか何だったんだろうかとか戸惑ってしまうことも度々です。サビついた頭はなぜか一ヶ所に止まって、回転しないほうが多い毎日です。
無理をすればとても続けることはできないと思うと、ただただ続けることのみを考えています。できる限り出席することに意義を感じているこのごろです。
2007年01月04日
子供と一緒に英語を勉強できなかった
私が女学生のときは英語が廃止になった時代で、とても残念に思っている方も多いと思います。
戦争が終わりアメリカとの交流が頻繁になるにつけ、学校の授業に英語が戻りました。
私の子供は私立小学校から英語を学んでいました。そのとき子供と一緒に英語を勉強するつもりでしたが、家事や仕事に忙しくて、とても勉強することはできず、時が過ぎてシニア(中高年)になってしまいました。
2007年01月05日
孫にはもう追いつけない
孫と一緒に英語を勉強しようと思い外国人の先生に習いました。半年くらいたった頃に孫ははるかに進み、追いつけなくなりました。やめようかと思っているときに、先生は大学院を出て、イギリスに帰ってしまいました。
そこで、シニア(中高年)の英会話サークルに入会しました。最初は読めなかったスペルが今はすこしずつ読めるようになりました。外国人が話している英語が少し聞き取れるようになりました。でも私の単語数では英語を話すことはできないと思います。
2007年01月06日
アルファベットから始めました
何も分からず飛び込んだシニア(中高年)の英会話サークル。今になると自分自身なぜ入会したのか分かりません。
アルファベットもまだまだわかりません。2年ぐらいしてもみんなカナをふって、ただ口真似するだけです。
しかし、ずっとくじけず続けてきました。勉強していると皆さんについていくことだけで、年のことなんか考えていませんね。
あるとき男性の会員に「なかなか覚えられませんね」と言ったら、「そうだよ。我々の年になったら皆が30回書くところ100回書かないと駄目だよ」と言われ、がっかりしたり頑張ろうと思ったりしました。
現在は町のどこにも見られるように商店やビルなどの看板に横文字が使われているので、少しは分かるといいなと思っています。
2007年01月07日
イギリス人の先生に英語を習う
キャサリンさんはHelloで授業を始めました。Nice to meet youとお答えしました。各人の名札をファーストネームで表示しました。
キャサリンさんの、例えばハナコなどに対する発音は、極めて正確な日本語発音で違和感はありません。授業中は一切日本語を使われませんでしたが、日本語の発音はかなりにお上手な人と想像されます。
キャサリンさんのお仕事は主に神奈川県での英会話教授、それも主として児童または生徒さんに初歩の基礎的レッスンをなされているとの事です。
それ故小生の如き全く初歩者にも比較的聞き易い発音と表現法だと感じ取りました。勿論全部完全に聞き取った訳ではありません。
今日は食事に関する話を依頼されたからとおっしゃられ、英国で重要なお茶の事を話題になされました。英国ではティーといえば特に断らない限り紅茶を指し、グリーンティーの事は言いません。
2007年01月08日
英会話の勉強法を発見した
間もなく2 月になりますと、英会話を習い始めてからちょうど1 年になります。その間自分なりにウロウロと勉強して来た積りですが、大きな進歩も見出せず苦労して居ります。しかし、わずかながら勉強法を発見したかなと思います。
先日先生より少々長めの文を暗記し発表せよとの言葉がありました。最初は少し憶えては忘れまた前に戻り、少し進んではまた戻りの繰り返し、とてもシニア(中高年)のこの年齢では無理かと思ったが、なんとか次週の教室に間に合いました。
読書百遍意自ら通ずの言葉通り、何度も読んでいる内に意味を自然に体得するものです。今後も此の調子を続けたいと思います。
2007年01月12日
英語を習い出したきっかけ
今回シニア(中高年)の私が英語を習い出したきっかけは、高校生の娘が夏休みのアメリカ研修で、シアトルにホームステイすることになったからです。何回かアメリカのホストファミリーから手紙がきました。いろいろ書いてある事に対して、私もお返事を書くことになりました。
なんといっても、学生時代より全く英語を使う機会が無かったので、あの頃にもっと英語を勉強しておけばよかったと、つくづく後悔しています。
これから少しずつでも勉強しながら、将来もう少し気軽に外国の人達ともお話が出来、いろいろな国へも行けたらいいなと思っています。
2007年01月20日
英会話の勉強でシニア(中高年)の友達づくり
同じ趣味をもつシニア(中高年)の仲間が集まってサークルを作り、英会話の勉強をすることにより老後のお友達づくりができないか、という期待もありました。
実際始めてみると、先生も仲間もとても素敵な人ばかりで、いつも教室では笑いが絶えませんし、英会話を楽しんでいるときは、日頃のストレスも吹っ飛んで、とても幸せな気分になれるのです。
昨年の10月には懇親1 泊温泉旅行も実施しましたが、これもとてもいい思い出になりました。来月は喫茶店を借り切ってカラオケ大会を開こうと思います。
まさに“友達は最高の宝”を実感している昨今です。
2007年01月25日
中高年になって英語を習い始めた
私が心服している師がいる。1年ほど前に彼から聞いた。人生で三つ後悔していることがある。英語を勉強できなかったこと。良い通訳にめぐり合えなかったこと。嫌いな人とも対談したこと。
よしそれなら英語を習い始めようと思った。そこで、1週間前にシニア(中高年)向けのやさしい英会話教室の受講生になった。
楽しいのは始まったばかりだからかもしれない。新婚の甘い夢と同じだ。本気で続くのかと鬼がささやく。
しかも皆私よりできる。なんとなく疎外感を覚えて、石川啄木の「友が皆我より偉く見ゆる日よ、花を買ひ来て妻と親しむ」という心境になった。
2007年01月26日
日本語に英語で返事した
You are never too late to learn.
この言葉に刺激されて、いまや国際語である英語を少しでも理解できるようになりたいと思って勉強している。
ところでこの前、赤ちゃん連れで散歩中の外国人夫妻に公園で会った。私の英語が使えるぞと思って、まずは日本語で「赤ちゃん、かわいい」と言ったら、「有難う」と日本語でかえってきた。私はそれが日本語であるのも気がつかず「Good bye」なんて言って、後で気がつき恥ずかしかった。
2007年01月30日
英語を習い自信がついた
物事は絵でも音楽でも気に入っているか気に入ってないかのどちらかと思う。英語は昔からなんとなく好きだった。
発音や文法が難しくても、工夫して楽しく学ぶことができれば続けられる。時には身振り手振りで補ってコミュニケイションができる。伝えたい言葉が相手に通じたときはとてもうれしい。
英語を話しているときはもう一人の別の自分になっているような感覚になる。間違ってもいい。恥をかいてもいい。好奇心を膨らまそう。Yes、Noがはっきり言えない引っ込み思案の私が、英語を習い少し自信がついてきたように思う。
2007年02月01日
船内の英会話授業
乗船前に郵送でレベルチェック用テストが届き、辞書など使わずに自分のありのままの実力で記入する事となっていました。それでクラス分けされましたので、あまり難しくはありませんでしたがなかなか覚え切れませんでした。
1クラス、6人で、1日に40分のレッスンが5分の休憩をはさんで2回あり、合計70レッスン受けました。寄港日とその翌日は休みでした。
いろんな国の若い男女の先生が17名いましたが、私たちの先生はカナダ人の27歳の男の方でした。
文法は、過去、未来、動詞の活用形、受動態、形容詞、比較級を勉強しました。
会話は、買い物、レストランでの食事、両替所、早口言葉、寄港国の文化を勉強しました。各寄港地での買い物やレストランで役に立ちました。
それから、数字の読み方、リスニング、歌、ゲーム、イングリッシュカフエ、マンツーマントークなどがありました。
乗船客1000人のうち300人が英会話の授業をとっていました。
船の中は絶好の英会話練習場です。ただ、全員が英会話のレッスンを受けているわけではないので、皆の前で話すのは違和感もありますし、難しいです。せめて同室の人たちだけでも、レッスンを受けている人々ですと、最高の練習効果が上がると思いました。
2007年10月23日
記憶喪失リハビリに英会話は役立つ?
ある生徒の友人のご主人が脳梗塞で手術をした結果、脳障害を起こし、記憶喪失になっていると私に言った。
病院ではリハビリのために、漢字を書かせたり、足し算や引き算をさせたりしているが、全然効果がないそうだ。本人が嫌がっていて、やる気がおきないという。
「先生の英語の授業はとても楽しいので、英語の勉強をやらせたらどうでしょうか?」とその生徒が私に言った。私も初めてのケースなのでわからないから、とりあえず本人を連れてきてくださいと頼んだ。
次の週に、奥さんに連れられて70代のKさんがやってきた。Kさんは外出するときは、誰かについていてもらわないと家に帰れないらしい。道順を記憶喪失してしまうからだ。そこで、奥さんと一緒に面接することになった。
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2007年10月26日
日常生活で使わない英語
そこで、さっそく宿題のプリントを作った。中学1年の文法のプリントだ。70代の人なので、往時を思い出すようにと、[This is a pen.]で始めた。
出来上がったものを一目見て、Kさんが「[This is a pen.]これはどこかで見た文ですね。」と私に言った。それはとても良くわかる。往時は、[This is a pen.]は英語の代名詞だったからだ。
しかし、英会話の文としては失格だ。日常の生活でこの英語が使える場はない。久しぶりに、文法の勉強には役立つが、英会話では使えない文をどんどん付け加えた。[I am a boy.][Are you my sister?] などである。最後の[Are you my sister?]なんて、まさに記憶喪失の人にしか使えない文だ。
2007年10月28日
英語の記憶は失われていない
次週に、完成したプリントを持って奥さんと一緒にKさんが現れた。
プリントは意図的に英文和訳と和文英訳の二本立てにしていたが、ここで一つ発見した。英文和訳より和文英訳のほうができているのだ。すなわち、日本文より英文のほうが書けている。
そこでプリントの英文を発音させてみた。できる!私は正直に自分の感想を述べた。「同年代の人に比べて、英語の発音が上手ですね。」Kさんはうれしそうに私に握手を求めてきた。そばで奥さんが涙ぐんでいるのがちらっと見えた。
そこで私は一つの仮定をたてた。これは日本語を介在させずに、英語だけで教えたほうが良いかもしれない。脳の中の日本語が入っている部分は壊れているが、英語が入っている部分は傷がついていないのかもしれないと思ったからだ。
そこでやおら絵のカードを取り出して、Kさんに英語を発音してもらった。たとえば犬の絵を見せ、dogと言わせた。まずは中学1年段階の200枚の単語カードから始めた。次々に単語カードを見せて、どんどん発音させた。
できる!200枚のカードの内たった2枚しか間違えなかった。Kさんの顔つきが自信に満ちてきたのがわかった。
2007年11月03日
英語の勉強の効果はすごい
3ヶ月がたった。奥さんが私に言った。「最近主人の記憶喪失がだんだんと直ってきているように思います。例えば、この教室は3階にありますが、最初は私がボタンを押して、3階まで一緒に来たのですが、今では自分でボタンを押して、来られるようになりました。今まで色々なリハビリをやってきたが、こんなことは初めてです。英語の勉強の効果はすごいですね。」
Kさんにとって、好きな英語がまさに生きがいとなっていて、それが脳を活性化しているにちがいないと私は思った。
2008年01月19日
2008年02月10日
カラオケの英語字幕
前から気がついていたのですが、カラオケの英語字幕が時々間違っています。
しかし、その間違い方に一定の規則があるようです。それは、文法的には間違っているが、発音的には近いものを使っていることです。例えば、butの代わりにthatを使ったり、有名な歌の一節のseal it with a kissがsealed with a kissになったりしています。
昨日、アメリカ人と一緒にカラオケに行ったので、英語字幕の間違いについて聞いてみました。彼は、「カラオケは日本人用に作られているので、どうせ英語を間違っても日本人は気がつかないと、カラオケの配信会社がたかをくくっているのではないか」と言っていました。しかし、カラオケに行くネイティヴは皆あきれているそうです。
2008年03月18日
自分の英語が通じなくて情けない
娘の結婚相手が外国人であったことが英会話の勉強を始めたきっかけです。
オランダに三週間あまり滞在中、家族や親類やご近所の方々と英語で話そうとしたのですが、なかなか大変でした。通じない歯がゆい気持ちや、もどかしく情けない気持ちになりました。オランダ人と話そうと思っても、私の知っている最低限の知識ではまったく通用せず、買い物などもジェスチャーだけで、あとは笑ってごまかしています。それでも現地の人達はとても親切で、すごく好感が持てるのですが、まったくコミュニケーションができないというのは残念なことです。
私もこれからはせめて英会話能力をもっとアップさせなくてはと思っています。今までのように決まったパターンを一方的に話すのではなく、先方の言うことも十分理解して、それに対応してこちらも臨機応変に話すことで会話がつながります。これができてはじめて英会話能力が身についたと言えるのだということを強く感じます。
何はともあれ、英語は国際共通語。これを理解し、会話がスムーズにできるということはこれから先のシニア(中高年)の人生を豊かに暮らせると確信しています。
2008年03月19日
中高年になって、なぜ今更英語を勉強するのか
第一に娘がアメリカに住んでいるので、アメリカに行った際に少しでも娘家族と話が出来れば良いと思い、英語を勉強しています。
第二に、今の世の中、何処を歩いても横文字が多く、電車に乗っても英語の放送が聞こえてきます。広告を見ても英語、テレビ番組も最近英語の勉強番組が増えています。そんな中で、英語は私には関係ないなんて言っていられません。
又勉強する事によって脳の活性化にもつながると思います。
でも英語は本当に難しいと実感させられます。以前に娘が一生懸命英語の勉強をしていました。それを見て、なんでそんなに英語ばかりと思い、半ばあきれていた時もありました。今思えば、その時に、自分もほんの少しでも一緒に勉強していたならばと悔やんでいる始末です。
でも同年輩の方達と楽しく英語を勉強する機会が出来た事をとても嬉しく思います。これからもこつこつと勉強していきたいと思います。
2008年03月27日
異文化交流我ら行動派
2008年3月13日付け日本経済新聞夕刊の夕&Eye欄に下記のような記事が載りました。
受講者が急増
石田正さんは東京・台東の社会教育センターで60歳以上の男女に毎週英語を教えている。石田さんは「生徒には脳梗塞で一度入院し、復帰した人もいる。『また学びたい、仲間に会いたい』という思いが生きがいになったようだ」と、同年代の語学熱に驚きの表情。
石田さんは会社員などを経て約25年前、英語講師になった。「若い人は記憶力が良く応用もきく。シニアはその点で劣るが、理解力は高いので文法をしっかり教える」ことが教え方のコツという。石田さん自身も講師の仕事が生きがい。2005年には「はじめよう!生きがいとしての英語」(春風社)を出版した。
そして、シニア向け英語学習本として、「はじめよう!生きがいとしての英語」(春風社)が紹介されています。
2008年05月26日
2008年06月14日
ご飯のお代わり自由
食べ放題は英語でAll you can eat
飲み放題は英語でAll you can drink
オーストラリア人とレストランに行ってコーヒーを注文した。
その店はコーヒーのお代わり自由となっていて、何杯でも好きなだけ飲める。こういうのは英語でなんと言うのか、彼に聞いてみた。
Bottomless cupと言うと教えてくれた。
直訳すれば底なしのcupだが、飲み放題のコーヒーという意味になるそうだ。Bottomless cup of coffee だが、紅茶でも可能だそうだ。Bottomless cup of teaですね。
コーヒーを飲んだ後で、夕食を注文することにした。そうしたら、ご飯のお代わり自由とメニューに書いてあった。こういうのはbottomless riceという英語で大丈夫でしょうと彼に聞いたら、「その通り」と同意してくれた。
2008年08月08日
英語でしゃべらナイト★番組名
英語でしゃべらナイトは良い番組だ。まず番組名が良い。英語をしゃべらナイトではなく、英語でしゃべらナイトとしたのが良い。
英語をしゃべらナイトにすると、英語が目的になってしまう。ややもすると、勤勉で完璧主義の日本人は、英語が目的になると、ネイティブのように、発音も文法も完璧にしてから話そうと思う。
12歳までに英語が母国語である国に住んでいなくて、英語を学習した日本人は、どうころんでもネイティヴなみに英語を話せるようになるとは思えない。中にはものすごい努力をしてなった人もいるようだけど、ほんの例外だろう。
英語を目的にして、ネイティヴのように話そうとするから挫折する。英語は目的ではない。英語は手段であり、道具である。話す内容が大事である。自分が話したい内容を、ネイティヴなみではなく、外国人が理解できる範囲の発音と、基本的な文法に従って、英語で表現すればよい。
英語はあくまで道具である。だから、英語でしゃべらナイトなのだ。
2008年08月17日
英語でしゃべらナイトにチェジウが出演
英語でしゃべらナイトは良い番組だ。私の大好きなチェジウも出演しているからだ。
画面の真ん中の矢印をクリックすると、
チェジウが韓国語でしゃべらナイトですよ!
She is gorgeous! 彼女はあまりにも美しい!チェジウの美しさの前には、英語も韓国語も関係ない。オリンピックの平泳ぎで金メダルを取った北島康介が言った様に、もう何にも言えない。
2008年09月07日
社会に出て役に立った受験英語は熟語
大学受験のために、単語や文法や熟語を一生懸命勉強したが、社会に出て特に役に立ったものは熟語である。
英語は単語と文法だけで成立しているのではなく、熟語が大きな役割を果たしている。
熟語を一生懸命勉強したことが、映画の英語の聞き取り、ネイティヴとの会話やメールのやり取りに非常に役に立っているのを実感している。
先日、私の母校の大学で英語を教えているアメリカ人と新幹線で同席したときに、日本人が使う英熟語と、ネイティヴが使う英熟語はどう違うか聞いてみた。
彼は、日本人が使う英熟語はオーソドックスだが、ネイティヴは熟語で遊べると答えた。やはりどこまでいっても、ネイティヴにはかなわない。
2008年09月16日
母国語と外国語の能力差
私のフランス語会話の先生はイギリス人の女性だ。彼女は日本で英会話を教えている。祖先がフランス人なので、彼女はロンドンでイギリス人にフランス語会話を教えていた。
彼女は日本語がほとんどできないので、英語を媒介にして、彼女は私から日本語を、私は彼女からフランス語を学んでいる。
そこで、当然、一緒にフランス映画を見に行くことになる。
私はフランス語の聞き取りは全然だめなので、もっぱら字幕を頼りにする。映画の上映中に「今、何と言ったの」と時々彼女に聞かれる。そこで、字幕を英訳して「こんなようなことを言ったと思う」と答えるわけだ。
いくらバイリンガルでも、耳から覚えた母国語(英語)と目から覚えた外国語(フランス語)の能力差は死ぬまでなくならないだろうと彼女は言っている。私にとっても、日本語と英語の能力差は死ぬまでなくならないだろう。
2009年05月02日
習うより慣れろ
日本語教室を受講する生徒は、来日半年以内の人が多く、国籍は様々です。韓国、中国の人が比較的多数を占めています。
職業としては主婦が大半を占めています。これはウィークデイの昼間に行っているからだと思います。
夫と共に来日し、全く異なった文化圏の中に放り出された妻たちの不安な気持ち、そして言葉の壁。この不安感を少しでも癒し、言葉の壁を乗り越える手助けを、国際親善の観点からお手伝いする、というのが、私たちの立場なのです。
生徒たちは、1、2ヶ月を経て、少し日本社会に慣れてくると、多くの場合、仕事を探し、それが昼の仕事の場合は出席しなくなり、フルタイムでない場合や夜の仕事の場合は、しばらくは出席します。
仕事を通じて覚えた日本語の意味や使いかたについて質問を浴びせたりするこの時期の生徒の日本語の上達度合はすばらしいものがあります。
そうなると、週1回の授業は、間に合わなくなるらしく、やがて出席しなくなったりします。という訳で、開講時にいた生徒で現在まで続いている人は一人もいません。後期スタート時以降の生徒のみです。
しかし、これが外国人を手助けする日本語教室の存在意義であろうと思っています。要は、来日した外国人が感じる文化の壁(=言葉の壁)穴をあけて、日本の社会に融和できるキッカケを作ることがその使命ではないだろうかと思います。
日本語は、外国人にとっては、たしかに、難しい外国語であると思いますが、言葉の常として、「完璧」を求めるのでなければ、キッカケさえ掴めば、何とかなるのではないでしょうか。
現実の日本社会に接することによって、急速に上達する彼らの日本語能力を見る度に、「習うより慣れろ!」という格言を想い出します。これは、わが国における英語教育にも通ずるのではないでしょうか?
2009年05月16日
日本語再発見の講座
もともと外国語を学ぶことが好きで、いろいろと習っているうちに、私は母国語である日本語自体の良さや美しさにも改めて気付くようになりました。せっかくならば、習う立場からそれを教える立場になれたら、そう思っていたところに、日本語教授法講座の受講生募集の記事を見つけたのです。そして思い立ったが吉日と早速応募させていただきました。
自分が当たり前のように身につけ、慣れ親しみ使っている言葉を、それを全く知らない人に教える方法を教えてもらう、ということは一体どんな感じなのだろう?
興味津々で臨んだ実技授業の初日、「こんにちは、○ ○ です。どうぞよろしく。『 どうぞよろしく。』 はい、どうぞ!」
この始まり方にはとても驚かされてしまいました。先生の勢いにつられ、もちろんすっかり日本語を習う生徒気分で、「どうぞよろレく!」とリピートしていました。私にはそれがとても新鮮で、そしてすぐにこの授業に魅せられてしまいました。
それも、もう1年前のこと。回を増すごとに文法は難しくなり、それと同時に自分がどんなにいい加減に日本語を話しているかがわかりました。ある日の授業では、品詞の、しかも動詞・名詞・形容詞などの代表的なものの区別が良くできていないまま使っていた言葉があったと知り、本当に情けなくなるほどでした。この講座は私にとつて、日本語再発見の講座でもありました。
2009年05月20日
外国人に日本語を教える教授法講座
区内在住の留学生に生徒になってもらい、受講者の皆さんが実際に日本語を教える体験をしてみました。
授業内容は、動詞の「あげる」「もらう」「くれる」の形の学習でした。身振り手振りを加えたり、達者なイラストをホワイトボードに貼ってわかりやすくしたり、ゲームをとり入れて楽しみながら学べるようにするなど、皆さん様々な工夫をこらしていました。ある受講生によれば、前日6 時間練習したグループもあったそうです。
先生を体験した直後の皆さんからは、「作ってきた例文が前にやった人と同じだったのであせった」「自分が予想していたのとは違う答えが来たとき困惑した」「自分には少し方言があるので気になった」などと謙虚な意見が数多く聞かれました。
2009年05月24日
留学生に生徒になってもらった
日本語教授法講座では、留学生に生徒になってもらいました。
傍聴していた講師の先生や他の受講生からは、「指示がはっきりしないことがあった」「生徒が答えているときは視線を向けて」といった鋭い指摘があった一方、「明るい話術に引き込まれた」「ゲームなど意欲的な活動をしたのは良かった」などという評価もされました。
また、生徒になってもらった留学生からは、「日本語学校に通ったことがなかったので、このように日本語を学べる機会がなかった。こんな先生がいたら幸せです」「家では北京語ばかり話しているので、こんな環境は初めて。また参加したい」といったうれしい感想をいただきました。
また、母国で英語の先生をしていた留学生からは、「実際の日本語教室では初心者が多いので、まず黒板に書いてほしい」とのありがたい意見もいただきました。
2009年06月07日
日本語教授法講座(初級)を修了
「外国人に日本語を教える教授法講座(初級)」の受講生募集があり、以前より日本語教室に興味を抱いていた私は、早速応募しました。
初日の開講式で職員の方が「応募が殺到し、ここにおられる皆さんは運の良い方たちです。」とおっしゃいました。3 回目の応募でやっと受講できた方もいらして、私は内心「ラッキー!」と思いました。胸に名札をつけ、年はとっても、“ ピッカピッカの1年生”です。
先生は次から次へとカバンの中からマジックでもするかのように、教材の絵等を黒板に貼ります。授業は直接法(日本語で日本語を教える手法)で行い、「あっ」という間に時は過ぎます。私は人前に立つことが苦手で、何かにつけて「若い方、どうぞ」と逃げていました。
3ヶ月の間に夫と母が他界した直後でしたが、受講することにより、悲しみを紛れさせてくれました。そして欠席することもなく、初級は無事修了しました。
2009年06月17日
日本語教授法講座(中級)を修了
中級がスタートしました。回を重ねるごとに授業は難しくなりますが、飽きることを知りません。
娘の出産でやむを得ず3度欠席したのは、大きな損失でしたが、約1年前までは見ず知らずだった方たちが、ノートをコピーしてくださいました。同じ目標をもち、学んでいる人たちだからこそ、老若男女を問わず、友達になれました。
最終日。「あっ、今日で終りかあ… 早いなあ」。想像していませんでしたが、一人ひとり名前を呼ばれ、修了証書が手渡されました。かっての制服姿の自分がよみがえってきました。
2009年06月21日
日本語教授法講座を受講される方へ
日本語教授法講座を受講して、とても為になりました。私たちが日本語を学んだ時の文法と、外国人が外国語として学ぶ時の文法は違うということがわかったので、外国人が学ぶ時の文法を知りたい。日本語は大変難しいと感じました。勉強すればするほど悩んでしまいました。
私は箇条書きでノートをとる習慣がありますが、黒板に書かれた先生の文字はそのままノートに写し、口述された一言一言もそのままノートにとりますと、発言するとき大変役に立ちます。人前に立つことを恥ずかしがらず発言しますと、自信がつき慣れにつながります。
修了日まで頑張って「修了証書」を手にしましょう。年齢を問わず、感動する瞬間です。
習得できた貴重な知識を脳の片隅にしまうことなく、勉強したい人たちに広げたいと思い、「漢字の書き順は間違っていないか?」などと辞書と親しくしています。手を広げることにより、新たな知識が習得できるかもしれません。
2009年06月25日
外国語を学ぶための良い環境
日本語教授法講座の中級コースでは、最後に外国人の生徒さんたちの前で実技演習もさせていただきました。もちろんまだまだ未熟ですが、何しろ初めてのことなので、大成功とまではいかず、やはり厳しい批評も頂きました。けれども、温かいお言葉も頂きました。
実習後、修了証書を頂くときには、とても満ち足りた気持ちになりました。私個人は、更に上のレベルの講座があれば、とも思いますが、この1年の講座だけでも、内容は本当に濃く充実したものだったと思います。クラスの雰囲気も、とても和気あいあいといった感じで、毎週通うのがとても楽しみでした。
何か習い事をするとき、それが長続きするかどうかは、その環境にあるといいます。今回の講座もそうですが、私が外国語を学ぶことが好きでいつづけられたのは、いつも良い環境に巡り合うことができたからかもしれません。
いつしか私も、外国の方々に「日本語を習うことが楽しい」と言ってもらえる、そういう環境作りができるようになれたらどんなにステキなことか、とそう思います。
2009年06月29日
日本語の正しいアクセント
日本語教授法の講座に参加したことは、私のことばへの認識を深め、そして日本語にアクセントや発音記号がある、という事を初めて知りました。
私は、なにしろ講座の先生に、「茨城県の人は、アクセントが分かりません。」と、ハッキリいわれたその県の育ちです。学校の先生も親も、平坦なことばに最後のしめが、しりあがりという話し方です。「橋」も「箸」も「端」もみな同じ、前後のことばで判断してもらうほかありません。
これを機会にことばのアクセントを覚えてゆきたいと思っていますが、最近は若い人の間で、平坦なことばがはやっているとか。私としては、正しいアクセントで表情豊かに美しい日本語を話すということを、大切にしたいと思います。
講座の半分は実際の教え方で、グループごとにテーブルで一人が先生役になったり、教壇に出ての実践がありました。初めはみんな恥ずかしがっていましたが、だんだん慣れてきて上手な教授法を身につけた方もいらっしゃいました。
私は10回全部出席しましたが、固くなってきた頭をほぐして、新知識を入れるのは、とても難しいことでした。でも、またこのような講座があれば、参加してもっと教授法を、上達させたいと思っています。
2009年09月29日
日本語を学んで
私は夫の仕事関係でパキスタンから来日しました。日本に来たばかりの時、日本文化のことはもちろん日本語も全然わからなくて夫を頼るしかなく、毎日大変苦労しました。
特に長男が幼稚園に入園してから先生やPTA の皆さんとコミュニケーションができなくていつも困っていました。やはりお互いの気持ちを理解するために言葉は一番大事な役割を果たします。子供たちがけがをしたり病気にかかった時はいつも夫が仕事を休んで病院へ連れて行かなければなりませんでした。
ある日息子と同じ幼稚園に通っている韓国人のお母さんが台東区内のボランティア日本語講座を紹介してくれました。私は日本語の勉強ができるかなと最初は少し不安でしたが、ボランティア日本語講座の先生の皆様は優しくて、まるで家族のように迎えてくださいました。
先生の優しい指導のおかげで日本語能力試験の3級に合格し、外国人スピーチ発表会に参加することもできました。生まれて初めてのスピーチ発表会、しかも日本語でのスピーチは果たしてうまくできるか不安でしたが、先生の支えを借りてまちがえずにできました。
日本語はけっして難しくなく、言葉を習うのは一種の知的挑戦であることがこの講座を通してわかりました。さらに、日本語だけでなく、いろんな国の人と出会ってさまざまな文化に触れることもできました。
日本で暮らしている外国人の私たちは、毎日とても忙しく精神的に緊張していると思います。一方、日本語にそして優しい先生に接することができて、本当に心休まる思いがします。
日本語を学んだことは私にとってとても良い体験でした。台東区のボランティア日本語講座の先生方に心から感謝しています。
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